「小説と漫画はどっちが優れている?」という論争はチャンチャラおかしい。

必要なのは妄想と勇気──つまりマインド

今ですね、色々とネット検索していたら、ある議論を目にしました。

“小説と漫画はどっちが優れている?”てなこと。

なんじゃそりゃ( ゜□ ゜)

あれか?カップルのいざこざで聞く会話のあれか?

私と仕事とどっちが大事なの?的な。

なんじゃそりゃ( ゜□ ゜)

どっちも大事に決まってるじゃん。
比べることがおかしい。働かないと生活できないし、働くための意欲を出すのに彼女の存在だって大切だからね。

以前、公務員の人に向かって、民間企業のいわゆるOLの人が

「いいよね、公務員はリストラがないもんね」

って言ってたのを聞いたことがあるけど、それもチャンチャラおかしい。

大工さんの彼氏をもつ女子が、お医者さんの友人に向かって

「いいわね、あなたは足場から落ちる心配をしなくて」

と言ってるようなもの。
比べる土俵が違うぜベイベー( ̄ー ̄)y

話を戻して。

この小説VS漫画は、小説を書いている人が「もっと自分に絵が描ける才能があったら漫画を描きたかった。」と言ったのが始まりだったようで。
つまり、本当は漫画を描きたいんだよね。
でも、小説を書いている人にとっては「なんじゃそりゃ!」となり、小説をバカにされた=自分を否定されたように感じてしまい、ついにはどっちが優れているかという話になっていました。

 

それでしか出来ない表現方法がある


漫画も小説も、それぞれに魅力的な所があり、またそれでしか表現できない方法っていうのもあると思っています。
漫画だったら目で見てパッと映像としてイメージできるけど、小説は文字なので自分の頭の中で一度映像化する必要があります。
例えば、

ばな松
あは

と、イラストで見れば見たままをイメージ出来るけど、小説だと

【うんこのような帽子を被った緑色の髪の……おそらく女性が、私に向かって笑いかけた】

という文字表現なので、うんこ帽子を被った女性=ばな松の顔がイメージ出来るかと言ったらできない。
読者の考えるイメージによって、ばな松は何通りも存在します。

こういった表現方法を、すんごくうまく活かしているな~と思うのが以下の作品。

スラムダンク(著者:井上雄彦)

スラムダンク世代では超絶に有名な回(話)があります。

それが、セリフ・効果音が一切入ってないんです。
でも、音やセリフがなくても緊迫感や臨場感、音までも感じることが出来るんです。神回です。
詳しく書くとネタバレになるので書けないのがもどかしい…。
この表現方法は小説ではもちろん、アニメだって再現することは出来ません。

まさに、漫画だから出来ることなんです。

 

殺戮にいたる病(著者:我孫子武丸)


サウンドノベル『かまいたちの夜』を書いた作家としても有名ですが、この作品はサスペンス・ホラーが読める人には声を大にして勧めたい本です。
本当に、いい意味で見事に裏切られます。騙されます。きっとあなたも騙される。
ラストちょっと前から「あれ?え?」と戸惑いながら読み進み、ラストで衝撃を受けます。
違和感を覚えた所から読み返し、やっぱりこれで合ってるよね?と何度も自分を疑うくらい。そして、ラストを知った状態でまた最初から読み返すと、その巧みな表現に震えます。
物語の世界観を頭の中でイメージする。

まさに、小説だから出来ることなんです。

 

小説は自分のために書いたっていい


まとめると、漫画も小説もそれぞれにいいところがあるし、表現方法もそれでしか出来ないこともある。

だから、漫画が好きな人は漫画のいいところを語りまくればいいし、小説が好きな人は小説のいいところを熱弁すればいい。
比べることじゃないってことです。

こちらのサイトは小説を書きたい人向けですので、文字表現について語っています。

たとえば、「小説を書きたいけど文才ないからな~」と思っている人には、書きたいもの書きまくった文字の塊になってもいいと思ってます。

周りがどんなに駄作と言おうが関係ありません

でも、あなたと価値観(考え方)が合う人って一人はいます

その一人の人が、「作品を読んでよかった」と思ってくれれば、その時点で作品は価値あるものに変わります

万人に受けなくたっていいんです。その人のために受ければ、それでいい。
むしろ、書きたいこと作りたいものを自分のために作ったっていいんです。自分だって一人の人。価値あるものに変わります。

あなたがこの記事を読んで「そっか~」「へー」「何か楽しそう」「自分も書きたくなってきた」と思ってくれたなら、この記事は価値あるものになるんです。
あ、もう一人確定ですね^^

「えーでもプロなんだからさー。作りたいものだけ作っちゃダメでしょ」

という声が聞こえてきそうですが、そもそも、何で・いつから作りたいものだけ作っちゃダメってなったんですか?
売れるものをと考えて、自分の納得いかないストーリーを考え、流行りのものを作ったけど、果たしてそれがいいのでしょうか?
売れるのかも謎だけど、きっと作るの嫌になっちゃいますよね。私ならなると断言。

そこに加えて周りの反応が悪くて
「プロなんだから、もっと売れるの考えろ」
とか
「何だか作風が変わりましたね。前の方が好きでした」
とか言われたら叫びたくなりますよね。でも、

「自分だって好きで作ったんじゃない!」

なんて言えませんよね。それこそプロなのに。

それよりも自分の想いを込めた作品で、数少ないファンから
「この作品すごく好きです!」
とか
「面白い。さすがプロ」
って言われた方がよくありませんか?

大企業に勤めていたらそんなの理想だよと一蹴されそうですが、私の意見に賛成という人はおそらく個人orグループとして活動している方達だと思うので、言わせてもらいました。

書きたいものだけ書くプロがいたっていい

ここで『論語』より、書きたいけど書けない!というあなたに、この言葉を贈ります

これを知る者は これを好む者に()かず。
これを好む者は これを楽しむ者に()かず。

知っているということは、好むことにかなわない。好むことは楽しむことには及ばない

声に出して、わかって、おぼえる! 小学生のための論語』より引用

つまり、それぞれ楽しめばいいじゃないってことです^^